東京リビングストーン教会説教〜最後まで責任を持つ愛〜

東京リビングストーン教会礼拝説教

聖書本文 ルカによる福音書10:25~37

主題 最後まで責任を持つ

「良きサマリア人」の物語に習い、私達ができることは何でしょうか?それは最後まで責任を持つ事です。

私達は三浦綾子さんの有名な小説「塩狩峠」を読んだことがあるでしょうか?主人公の長野信夫は鉄道員として働いていました。ある時、職場で同僚が給料袋を盗み、大きな事件になりました。このような不祥事を起こした人に対してどう接するべきか、長野は悩み、聖書を通して今日の本文である「良きサマリア人」の物語を読みました。長野は不祥事を起こした三堀という友人の良き隣人であろうとしました。このサマリア人がけがをした人を最後まで責任をもって看病したように、自分の最後までこの三堀の良き隣人であろうとしました。長野は三堀と共に上司の所にいって一緒に謝り、今後同じことをした時には自分も辞めると言いました。そして、主人公の長野は、不祥事を起こした三堀と共に札幌から旭川へと職場を移動させられます。彼は最後まで三堀の良き隣人であろうとし、転勤させられた職場まで共にしたのです。聖書に書かれている隣人愛は、最後まで共にする愛です。

どうか、東京リビングストーン教会の兄弟姉妹が出会う全ての隣人が、一時期の関係を持つ知人で終わるのではなく、最後まで人生を共にできる隣人であることを心から願います。聖書の隣人愛は、ただその場で助ける、手を差し伸べるだけの愛ではありません。サマリア人の話のように相手が健康になるまで、相手が幸せになるまで、最後まで愛し続けることです。私達人間の愛には限界があります。だからこそ、私達は、最後まで責任をもって私達を愛したのは、イエス・キリストただそのお方のみであるという事を知らなければなりません。この当時、ユダヤ人とサマリア人の間には交流がありませんでした。サマリア人とユダヤ人はお互いに『関係ない』存在だったのです。しかし、関わりのないように思えるサマリア人がユダヤ人を最後まで面倒を見ました。私達にとって、二千年前、はるか遠くのイスラエルの地で十字架で死んだイエス様は何の関係もないように思えるかもしれません。しかし、私達を愛し、何の罪もないお方が私達の罪を身代りに背負って死んだ事を知る時に、私達は本当の犠牲の愛を知ることができます。

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